不眠日記

寝れない夜に書く日記

4/29 Sun

スプラトゥーンについて

ガチホコガチヤグラがついにS+に上がりました。

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突然の上達

S+に上がれたのは、これは明らかに突然上手くなった瞬間というのがあったと思う。徐々に上達したわけではない。

では何が上手になったのかというと、これは明白で、視野が広くなったのだ。

視野の広さ

視野が広いとはどういうことか。

例えば、自分がヤグラに乗っているとする。 このとき考えるべきことは2つあって、正面の妨害してくる敵を適切に処理することと、裏取りしてきた敵を殺すことである。

視野が狭いプレイヤーは正面の敵に意識を100%割かれてしまい、裏取りされた瞬間にヤグラ一帯が壊滅させられる。 視野が広いプレイヤーは裏取りしてきた敵についても警戒することができ、裏取りを防ぐことができる(こともある)。

これが「視野が広い」ということだ。

こういうことができるようになったのは、先日のフェスでの”気付き”が大きいと思う。

上達の理由

裏取りを潰すという体験

先日のフェスで久々にナワバリバトルをやったのだが、これが全然勝てない。 あまりにも勝てないので、どのような流れで負けるのかを観察するようにした。

すると、「敵の裏取り成功→自陣を荒らされる→塗り替えす→潜んでいた敵に殺される」というパターンで負けていることがほとんどであることに気がついた。

ここで僕は「では裏取りルートを何が何でも止めてやろう」と考え、裏取りルートに張り付いて敵を絶対に通さないようにした。

すると勝率はグッと持ち直し、スムーズにランクを上げることができた。

戦術の重要性と視野の広さ

この体験を通して僕は、試合の勝ち負けには戦術が大きく絡んでくるということに気付いた。 また、適切な戦術を取るためには広い視野が必要であるということも理解した。

それ以降のガチマッチでは、負けているときに「なぜ負けているのか」を観察するようになり、またどのような行動を取れば原因を潰せるのかを考えるようになった。

こういうことができるようになったのは、試合に対する心構えが変わったということが理由にあると思う。

試合に対する心構え

これまでは試合の勝敗に強くこだわっていた。 負ければ自分の人格が否定されたように感じたし、そのくせ勝ったとしても「よくわからないまま勝った」という感覚が強く、それほど嬉しさを感じることが無かった。

しかし近頃、僕は「自分が良い動きができればOK」と考えるようになったのである。 というのも、野良ガチマッチではチームメンバーのガチャもあるため、勝敗が自分の行動と独立した事象で決まることがあるし、また自分が良い動きができていれば、長期的にはウデマエも上がっていくはずだと考えたからである。

このような心構えの変化により、試合の内容や敵の動きを一歩俯瞰して見ることができるようになった。 勝つのも負けるのも”ゲーム”次第であって、自分がやるべきことは焦って特攻することではなく、”ゲーム”の内容を見極めることだ、と考えるようになったのである。

やっていき

前作は発売日から1年以上遊んでおり、それでもS帯を抜けることができずに大変悔しい思いをした。 もう自分はスプラトゥーンに関して上達することはできないのだろうと思っていたが、めでたくS+に上がることができたし、自分の中でも成長を感じることができた。

これからもスプラトゥーンを遊んでいくぞという気持ちが新たになった。

Splatoon 2 (スプラトゥーン2) - Switch

Splatoon 2 (スプラトゥーン2) - Switch

3/28 Wed

人生、選択、学歴、親、反抗、否定、承認、親離れ、鬱、パニック障害、吐き気、やっていき

自分という人間について母親と語る時、母親とは本当に分かり合えないということがわかった。 父親とはそもそもそういう話をしないので(というか話自体ほとんどしない)分からないが、恐らく向こうは興味がないのでそもそもそういう話をしないのと、僕は父親が怖いのでへいこらして終了だと思う。

学歴は高くなければならない

母親と過去の話をするといつも喧嘩になる。

僕が小学生低学年のとき父親は失職中で、そのときに母親が「父親は高卒だから職が中々見つからない」というようなことを繰り返し/あるいは印象深くなるような言い方で僕に語っていて、それが記憶の根底にあって、高校も偏差値の高いところを目指したし、大学も偏差値の高いところを目指した。 学歴がない人間は生きるのが難しいと強く刷り込まれたからだ。

その話を母親にしたら、「そんなことは一言も言ってない」と言われて喧嘩になった。 仮にそれが事実だとして、では僕の心にある「学歴は高くなければならない」という観念は一体どこから生まれてきたものだというのか。自然に生まれた観念だとでも言うのだろうか。

しかし今回の話についてはどうも母親の方に分があるような気もしていて、というのも事実として母親は高卒である父親と結婚しており、また「手に職をつけろ」ということも度々言っていたように思う(これも「言ってない」と言われるかもしれないが)。

言葉に縛られるべきではない

ここに至ってやっと気づいたのだが、人は他人の言うことに縛られて生きるべきではない。他人は自分の人生について責任を取ってくれるわけではない。確かに言っていたと思ったことでも「そんなこと言ってない」とひっくり返されることもある。自分が言われたと思いこんでいるだけの可能性もある。

私は人よりも、言葉に縛られやすい人間のようで、それは自分の言葉にも縛られやすいということでもある。他人の口から出た言葉、自分の口から出た言葉に縛られるのはやめる。自分の気持ちを大切にしていく。そのように考えた。

3/14 Wed

就活のこと

僕の就職活動は終わりを迎えようとしている。

半分圧迫面接みたいな厳しい面接を受けて(落ちて)メンタルがアレしたり、絶対受かると思ってたところに落とされたり、試験期間から3月上旬ぐらいまで忙しすぎて精神科に行く羽目になったりしたけど私は元気だし、就職先も見つかりそうです。

結局、いわゆる”就活”、つまりリクスーを着て合同説明会に行って、メモを取りつつ首を縦に振りまくったり、エントリーシートを大量に書いたり、フェルミ推定を無暗にさせられたり、「あなたを動物に例えると何ですか?」のようなクソ質問を投げつけられたり、グループワークで頭の悪い学生との議論をどうにかして進めたり、というようなことを全く経験すること無く就職活動は終わりを迎えた。

それは僕が望んでいたことではあったが、エンジニア以外の後輩に就活についてアドバイスをすることはできないことになったし、そうした「社会人への第一歩」的なイニシエーションを通過せずに社会人になることに一抹の不安を覚えないでもない。入社後の研修を震えて待っている。

 

www.youtube.com一般的な就活のイメージ

自分のキャリアのこと

自分のキャリアについて最近思うことは、自分は激しい働き方を望んでいるのだろうか、ということである。

就職活動を開始した当初は面談のたびに、技術を磨きたい、高いスキルを持つ技術者になりたい、と繰り返し喋っていたし、それはその時点では僕の本心であり、現時点でもそう思っている。

ところが、上にも書いたように、忙しく活動した結果として自分の精神の調子が崩れてしまったという出来事があり、この出来事は自分が「激しく働く」ということに関する自信を失わせてしまった。つまり、たくさん仕事をして技術を磨くということに、僕は耐えられるのだろうか、それを望んでいるのだろうかという点について疑問を感じるようになってしまったのである。

一方で、ゆるく楽しく働ける会社に入って人生を充実させるということを僕は望んでいるのだろうか、という問がある。つまり、9時5時で働いて同僚と飲みに行って、休日はレジャーを楽しみ、結婚して子供を設けて子育てをする、という人生を僕は望んでいるだろうか。実のところ、僕はそういう生活を心から望んだことはなくて、激しく働きスキルを磨くという人生以外のことを真面目に考えたことがなかったし、想像がつかない。

このことから、激しく働いてスキルを磨ける企業に入社するのが、あるいはそのような人生を送るのが良いのか、ゆるゆる楽しく働ける企業に入社するのが、あるいはそのような人生を送るのが良いのか、という悩みが生じているのである。

贅沢な悩みであることも、些末な悩みであることも自覚している。

 

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人生を楽しんでみるために行った散歩で立ち寄った哲学の道

12/3 Sun

久しぶりに寝れない。

外山恒一

昨日は寮祭の企画で外山恒一トークライブをしていた。例の政見放送しか見たことがなかったので、真面目な話をしている外山さんとのギャップに驚いた。よく通る落ち着いた声で、わかりやすく話してくれていた。いい話を聞けてよかった。外山恒一の本を読んでみようという気持ちになった。

トークライブのあとの懇親会に少しだけ出席した。ホリィさんとお話できたので良かった。同志社で学生自治団体やってるって人がいたので話を聞いてみたかったけど、外山さんの話を集中して聞いている様子だったので話しかけるのをやめた。

やっぱりあの界隈は独特だと感じた。熊野寮よりは吉田寮に雰囲気が近い気がする。やっぱり、熊野寮生は人数が多いこともあり、一般社会とそう変わらんのやなと思った。

熊野寮関連のWebでの活動

熊野寮関連のWebサイトやサービスを作ったり、ブログを書いたりすることが最近多かった。熊野寮の(界隈での)ブランド力みたいなのは一定あるなーと感じた。アクセス数とかが普段作るものとは段違いだった。

特に、「熊野寮生だけど質問ある?」に関しては、当初はあんなに質問が来ると思ってなかったので雑な作りをしており、ページの読み込みが重くなってしまっている。ほんとはこの土日でいい感じにする予定だったのだけど、トークライブと同釜会のせいで完全に予定が狂ってしまった。日曜だけで終わるかなあ。

シェアハウス化する熊野寮

シェアハウス化というか、ギークハウス界隈化というか、そういう感じ。

実は熊野寮っていうのは、ギークハウスに集まってくるような社会不適合者っていうのは多くない。というか、社会不適合者の絶対数は多くても、多数派の社会適合者の寮生に紛れてしまっていて、表舞台には出てこない。

熊野寮はどちらかというと、社会適合者だった人間が入寮して「身を持ち崩し」、こういうのもいいなあってなる場所だと思う。初めから熊野寮に救いを求めてくる人間というのは多くないし、そういう人間は逆に寮の中でもうまく行かないことが多い。そういう人間の中の一定数は、中核派の人に構ってもらううちに仲良くなって入党することになったりする。

こういうのが熊野寮の現状なんだけど、「熊野寮生だけど質問ある?」に来てる質問とかを見ていると、熊野寮に救いがあると勘違いしている人間が一定数いる気がしている。というかあのサイトがその種の勘違いを促進している気がしていて、当初の「熊野寮への偏見を解消したい」という目的からすると残念ではある。

で、問題なのは、今後そういう文脈で熊野寮にやってくる人間が増えるのではないかということだ。

今までだってそういう人間がやってくることはあったのだけど、割合としてはごく少ないものだった。多くの学生は、経済的な理由とか、雰囲気に惹かれて入寮してくる。学生に対する福祉施設である熊野寮の存在意義からしても、経済的理由が一番優先されるべきだ。

熊野寮に救いを求めてやってくる人間が増えてくると、経済的な理由で入寮してくる人間との間での摩擦が起きるだろう。社会不適合者を抱えてコミュニティを運営するのは至難の業だ。そうなったときに、入寮要件として「メンがヘラってないこと」をぶっ込んで解決するのか、それとも来るもの拒まずでうまくやっていく方法を模索するのか。この辺りが今後の自治会の課題になっていくんじゃないかというがしている

11/17 Thu


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2時を回って30分が経ちました。ちなみに以前購入した目覚まし時計は一度も使ってません。はぁ。

やる気の出る課題とやる気の出ない課題

独自色が出せる課題はやる気になるが、そうでないとやる気が出ない。

例えば、普通の学生はエクセルでグラフを描くところを、GnuplotRubyラッパーを作ってそれで描くようにしたりとかするのはやる気が出る。

例えば、同じ数値計算の課題をやるにしても、言語選択の自由がある方がやる気が圧倒的に出る。

 

そういう感じ。

工夫の余地があると楽しくなるし、上手くいったら優越感的なものが感じられて良い。だから僕はプログラミングが好きなんだ。

逆に、工夫の余地がないプログラミングの課題なんかはやる気にならない。

漫画「レッド」について

山本直樹のレッドという漫画を最近全巻買った。赤軍浅間山荘事件を起こすまでの顛末をモデルにした漫画だ。人名などは適宜変えてあるようだが、概ね史実に則っていると認識している。

読んで思ったこととしては、赤軍の思想は、自由と寛容を主旨とするリベラル的思想とは大幅に異なっているということだ。「左翼」とひとくくりにされることが多いので、てっきり似た思想なんだと思っていた。

随所に出てくる暴力主義的なセリフもそうだし、党の方針にそぐわない構成員への弾圧からもそれが感じられる。

また、リーダーのカリスマ性に強く依存している組織だったんだなあとも思った。赤軍のリーダーである北が「お前は革命について全くわかっていない!」と一声叫べばリンチが開始されるというのは、その一例である。


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 まだレッドの最終巻は単行本では刊行されていないようだが、早く続きを読みたい。

あさま山荘事件に至る顛末や、当時の「活動」に対する世間の空気感、集団が狂気に向かう様子が知りたい人間はぜひ読んでみると良いと思う。

とはいえ、そうしたものに興味がなくても、この漫画は単純にエンターテイメントとして楽しめるだろう。

 

 

レッド (山本直樹) コミック 全8巻完結セット (KC DX)

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おわり

 

今日は寝れなさそうだと思ったので弱めの睡眠薬を飲んだのに結局眠れずにスマホいじってるの本当に良くない。明日起きれるかなぁ。実験のプレゼンあるのに。

 

 

11/9 Thu 目覚し時計を買いました

寝付けないのはスマホをベッドに持ち込んでるからではないか?との発想に至りました。

しかし、私はスマホを目覚ましとして利用しているのでスマホをベッドに持ち込まないと起きることが困難になります。

というところまで考えて、「目覚し時計を買えば良いだけでは??」という発想に至り、即ポチりました。

そして、目覚ましをセットしスマホを持ってベッドに入りました。

自分がスマホ中毒だと自覚した瞬間です。

 

明日からはベッドにスマホを持ち込まずに就寝したいなあ。

11/7 Wed

昨日は睡眠導入剤を飲んだので割合すんなり寝付けたが、2日連続は流石にまずかろうと思って今日は飲まなかった。

その結果、やっぱり寝付けずにこうして日記を書いている。

 

私の技術力、あるいは就職活動について

私の技術レベルは、世のエンジニア志望学生の中では高い方だが、大企業に中途採用されるほどではないというあたりであることがわかった。このため、就職を勝ち取るには新卒枠で応募を出すのが順当ということになる。中途枠のベテランエンジニアと張り合うことはできないが、新卒枠の中では上を狙えるからだ。

ところが、新卒のエンジニアに求められるものは、技術力だけではない。ある種の柔軟性、つまり、四の五の言わずに与えられた仕事に全力で取り組むということが必要とされる。

これは、新卒枠で採用されたエンジニアは、どこの部署に配属されるか未確定だからだ、と解釈している。「気が乗らない」部署に配属される可能性も十分あるからだ。

しかし、これに関しては、私はあまり納得していない。優秀な学生が「御社のこの部署で働きたい!!」と言っているのに、特別扱いすることはできないからという理由で落とすのは非合理ではないか。その学生だけ別枠でその部署に突っ込めば良いではないか。

あるいは、新卒枠の中では優秀であっても、特別扱いするほどの優秀さではない、ということなのだろうか。それなら理解はできる。特に、大きな企業なら優秀な学生はいくらでも受けに来るので、同レベルの学生が複数いたらその中で一番扱いやすそうなやつを取るのは合理的である。

 

こうした状況の中で、私が取れる選択肢というのは主に2つあると思っている。それは、企業のレベル/規模を下げるということと、自身の技術レベルを上げるということだ。

前者は、優秀な学生が受けに来ないレベルの企業に突撃するということである。つまり、創業期で人が足りないとか、事業拡大に伴って人が足りないとか、とにかく人が足りてない会社に就職するということである。

これは、簡単に実現できることではある。しかし、人が足りないところで働くということは、たくさん働かなくてはいけないということである。また、優秀な学生が集まらない企業で、技術的な学びが得られるかという点も疑問である(私は技術的な学びがある環境で働くことを重視している)。

後者はつまり、ベテランエンジニアと中途枠を取り合うということである。これには問題がある。そこまでのスキルを身につけることが在学期間中に可能なのか、ということである。ここに関しては技術分野によって答えが違うと思っている。例えば、ドメインの設計やOSの仕組み、セキュリティなどの分野に関してはある一定可能であるように思われる。一方で、トラフィックをうまくさばくとか、巨大なRDBMSをうまくメンテしていくというような分野は難しいだろう。このような分野に関しては、実務経験が割りと大きく関わってくるように思う。

第三の選択肢として、部署の希望、好みの雰囲気などの「我」と見られるようなものは極力隠しつつ、大企業を新卒枠で受けるということがある。こうした姿勢は、受かった後のマッチングミスを招きかねないので避けるべきと僕は思っているが、世の中の就活生はこの選択をしているようだ。実際、入ってみた部署でやっていきが生まれることも多いだろうし、一概に非難することができないのも事実だ。

 

まだ眠くないが、書き疲れたのでおしまい。