不眠日記

寝れない夜に書く日記

留年就活精神病研究室配属退学検討退学中止研究卒業

授業サボって留年して就活して精神病んで研究室配属して退学を考えやっぱりやめて卒業研究をして,結果的には卒業に成功した.この文章はポエムであり,オチもないです(本当にない.唐突に終わる.).

留年をしたのは授業をサボったせいというのがでかいというか,学科の中でお友達を作ろうとしなかったのがデカい.

なぜ授業をサボっていたのかというと,まず大学はそういうところだと思っていたからというのがあります.授業に出るのは素人,授業に出なくても卒業はできる,みたいなね.こんなの幻想なんですがそれに気づかなかった.これで卒業できるのは要領の良い人と異常に賢い人だけ.あとは授業よりも寮にいる人と喋ってる方が刺激的だったという事実があります*1.大学向いてないね.あとはそもそも高校生の時から生活習慣がむちゃくちゃで朝起きれない人だったというのがあります.高校生の時はなんだかんだで親が朝起こしてくれていたのでどうにかなっていたという側面は絶対にある.

なぜ学科の中でお友達を作ろうと思わなかったのかというと,いろいろ理由はあるのだが,授業に出なかったので接触回数が少なく親密度が上がっていかなかったというのと,毎日お昼ご飯をクラスメイトと食べるのではなく,寮に帰って寮食を食べていたから.あとは単純に2014年度入学の京都大学工学部電気電子工学科12組の人々に嫌気が指していたというのがあります.すべての人が嫌いだったというわけではないし今でも親交がある人は何人かいるんですが,一部の人が本当に無理だった.僕は京大にすごく期待をしていたのであのような「低劣」な人が京大にいることについて物凄くショックを受けたし,絶対に関わりたくないでござるという気持ちになっていたのである.具体的なエピソードを挙げると個人攻撃になってしまうので一つだけ挙げておきます.

このような行動の結果として寮で友達はたくさんできたし色々楽しいことはあったんですが,学科の友達ができず,テスト勉強を一緒にしたりとか過去問の共有をしたりということができなかったため,テスト勉強がきつかった.4回生に上がってからTwitter経由とかCAMPHOR-経由とかで同学科の知り合いが増えたのは良かった.過去問共有してもらえたりとかしたのは本当にありがたかったし,そもそも「テスト勉強は過去問を解くのが最も重要」という本質情報を得たのも4回生に上がってからだった気がする.

あと単純に僕は要領が悪いので,実験のレポートを書きながら授業に参加するというのが本当にできなかった.そのため3回生までに学科の実験だけは全部ストレートで取っていたが,普通に単位が足りなくて留年した.4回生のときは授業と就活しかしてなかった.就活は5月頃ほぼほぼ逆求人だけでやっていて,逆求人でお近づきになった企業のインターンを4つぐらいやった.インターンで文字通り夏休みが全部潰れた*2.そこから後期の授業が始まり就活も本選考が始まり,合間を見て東京に行ったりスカイプで面談的なものをやったりした.そんなこんなで就活とテスト勉強を並行してやり,なんとか4年生に進級できる身分になった.

でまあテストが終わると春休み.就活が一気に激しい感じになって,東京に行って面談受けたりする.内定がだいたい出揃ってお断りを入れたり...なんてことをしていたときに急激に精神が悪くなってきた.まず現れたのは,就活で企業の人とお話してるときに吐き気がやってきて,それをこらえるために頭を空にしようとするので話の内容を理解できないのだが,お話が終わると吐き気がおさまる,という現象だった*3.しかし次第に就活に関係ない場所でも症状が出るようになってくる.具体的には,普通に道を歩いているときにいきなりその場に立っていられないような激しい吐き気を感じて座り込むなどの行動をしばしばするようになった.そして常に吐き気があるような状態になっていった.

このあたりで流石にやべえなと気付き,近所のメンタルクリニックにメールで予約を入れる.予約の日時に行って診断してもらったら「パニック障害っぽいね」と言われて安定剤を処方してもらった.確かに飲むと吐き気は収まる.とにもかくにもメンタル悪化が解決の兆しを見せたのでここからは真面目に研究室生活をやっていく.一ヶ月ぐらいで薬なしでもやっていけるぐらいには回復した.薬なしでもやっていけるようになったので一旦治療は終了.サンキューグッバイ精神科ということに相成った.

しかし5月の終わりぐらいになるとまた似たような症状が出てくる.今回は不眠症のようだ.僕の不眠はパニック障害に関連している気がしており,「明日起きれなかったらどうしよう」みたいな不安から始まり将来の不安などが回転し始め寝れなくなるというパターンだった.また精神科の予約を取って睡眠薬を処方してもらうようになった.

このあたりで俺研究無理だな卒業できねえなという気持ちが強くなり,まず内定先に電話をかけた.幸いなことに,退学したところで即内定取り消しとはならず,本当に退学する段になったらまた改めて「話し合い」をしようという結論になった.このとき本当に退学することになっていたら,話し合いで済んでいたのか,それとも内定取り消しになっていたのかは定かではない.

その後,カウンセラールームに行ってカウンセラーにカウンセリングをしてもらった.カウンセラーは過去に京大をやめたりやめなかったりした人々の話をしてくれた.過去には8回生の2月になってから「就職が決まっているが単位が足りないので卒業できない.このままだと放学になる.」と相談しにきた人とかいたらしい.その人は結局卒業できなかったんだけど,授業をやった教授のもとを駆けずり回ったら結構単位が出たらしくて,こんなことならもっと早く(1,2年生のときから)交渉をしておけばよかった,というようなことを言っていたらしい.就職先も「短大卒扱いでよければ入社を許可する」と言ってくれたのでどうにかなったんだとか.そういう感じで1時間ぐらい話した後,「大学辞めたらいいんじゃない.やめた後どうするかも結構考えてるみたいだし」と言われてカウンセリングは終わった.そして研究室の教授にアポを取り,「大学をやめたい」「中退して就職する」という話をしに行った.その時のツイートが以下である.

このとき示された「アナログな選択肢」というのはいくつかあったんですが,基本的には今すぐ中退という判断は先送りにしたほうが良い,というようなことを言われた.具体的には,すでに学費は半年分払っているわけだし,仮に中退することになったとしても,1つでも多く単位をとっておくことには意味がある*4のだから,取れそうな単位だけでも取って中退したらどうか,というようなことを言われた.さらに,今そんなに厳しいなら1~2週間ほど授業も研究室も休んだらいいとも言われたので,とりあえずそのとおりにした.

ここから1.5週間ぐらいはひたすらFactorioというゲームをやっていた.Factorioはひたすら終わらない作業をするゲームで対人要素もないので,負けて精神が悪くなるということもなく,精神的な辛さから気をそらすことができたので良かった.この時は本当にゲームと睡眠と食事だけをやっていて,起床→食事→6時間Factorioをする→食事→6時間Factorioをする→食事→薬を飲んで就寝 みたいな生活だった.

ひたすらゲームをやったら精神がだいぶ良くなってきて,授業に出たり研究をしたりする気力が若干出てきたので,そのような生活にシフトした.そのあとは単位もそれなりに取り,研究活動もそれなりに行うことができた*5.このあたりになると通院はしていたけれども一番やばい時期は脱していたので普通の大学生になっていたと思うので,書いても意味がないので書かない.色々あったが卒論を書くことができて,足りない単位も取ることができ,卒業にこぎつけることができた.

*1:この言い方,意識高い系が使いがちなので使いたくないんですが,事実なので仕方がない.

*2:いま思うと不眠の症状はインターン中からあった.

*3:これ普通に向こうから見たらめっちゃ失礼な学生だったと思うし申し訳ない.

*4:将来的に大卒資格が欲しくなったときに,放送大学などに入学するという選択肢があるが,過去に大学に通って取った単位は放送大学の単位に「変換」することができるので,卒業までに取る必要がある単位が少なくなって嬉しいという話

*5:この間も恐らく教授を含めた研究室の方々には有形無形の配慮をしてもらっていたと思う.それに気づくことはかなり最近になるまでなかったのだけれども.本当に感謝しています.ここに書いてもしょうがないんだけど.